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東京高等裁判所 昭和32年(う)772号 判決

控訴人 弁護人 渡辺喜八

被告人 渡辺長三郎

検察官 田辺緑朗

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人渡辺喜八提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

第一点について、

原判決挙示の証拠を総合すれば判示株式会社(本件当時は株式会社渡辺度器製作所と称する)の代表取締役たる被告人が右会社工員大槻栄蔵外二十八名に対し判示第一覧表記載のようにその就業日にいずれも午前七時から午後五時までの間就労させるについてその間正午から午後一時まで一時間の休憩しか与えないで、一日につき九時間ずつ労働をさせ、一日につき一時間ずつ法定の労働時間をこえて労働をさせたことを認めることができ、本件記録を調査するも原判決はこの点において事実を誤認した違法があるとは認められない。被告人は右会社の工員等が午前午後の就労時間中適宜事実上一時間の休憩をとることを黙認していたのであるから違反にはならないと弁解するけれども、右工員等が所論のように毎日一時間ずつ昼休みの時間外に休憩をとつていたと云う点に関する被告人の供述は措信し難く他にこれを確認するに足る証拠はない。しかのみならず労働基準法第三十四条によれば、一日の労働時間が八時間を超える場合には少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならないのであり右休憩時間は一斉に与えなければならないのであつて、これに異つた休憩時間を定めるには行政官庁の許可を受けることを要し、又右休憩時間は労働者をして自由にこれを利用させなければならないのであるから、被告人の主張するように労働者が適宜事実上休憩するのを黙認していたと云うのみではこれを労働基準法にいわゆる休憩時間を与えたと云うことにはならないと認めるのが相当である。故にこの点に関する論旨はこれを採用することができない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

渡辺弁護人の控訴趣意第一点

原判決は、被告人は株式会社渡辺度器製作所の代表取締役であつて、同会社の業務全般を総括処理している者であるが、右会社の営業に関し、同所に於て法定の除外事由がないのに、昭和二十七年十二月二十六日頃から昭和二十八年十二月二十五日頃迄の間に、右会社の工員大槻栄蔵外二十八名に対し、その就業日に於ていずれも其の始業時刻の午前七時から終業時刻の午後五時迄の間に、正午から午後一時迄の間一時間の休憩しか与えないで、一日につき、一時間ずつの法定労働時間を超える九時間労働をさせることによつて別紙第一、一覧表の通り、時間外労働をさせた旨を判示し、被告人に対し有罪の言渡を為した。

然し乍ら、右の判示は、事実を誤認した判決である。何故ならば、被告人の会社の始業時刻は午前七時、終業時刻は午後五時であつてその間正午より午後一時迄の一時間は一斉に休憩を実施して来たことは、原判決でも之を認めている所であるが、その他に午前と午後の各三十分宛の休憩を与えなかつたとする点に付いては、被告人は原審に於て之を否認して来たものである。被告人の会社に於ては、会社になつた後に於ては改めて就業規則は定めなかつたが、個人経営の時に於て就業規則を作り、それには午前と午後に各三十分宛の休憩時間を設けてあつた。会社となつた後も右の就業規則をそのまま襲踏していたけれども、午前、午後の休憩時間の実施に付いては、個人工場の通弊として、それが厳格に守られずしかもその厳守されなかつた原因は、会社がそれを与えないのではなく、従業員が仕事の切れ目や、その他に随時勝手に休憩をとつているので、一定時刻に限つて、一斉に休憩することが困難となつた為めである。従つて、会社となつてからも、午前、午後の休憩は前と同様に、各自が仕事の切れ目とか、一と区切りの付いた時と言う様な時に随時に午前も午後も各三十分位は休憩をとつていたものであることは、証人大槻栄蔵の「はつきり定つていた休憩は十二時から一時迄の一時間で、その他は定つていなかつたが、仕事の都合で、手すきの時は適当に休んでも良いと言うことになつていた」趣旨の証言、証人外山庄平の「休憩は十二時から一時迄その他は別に定つていないが、各自適当にしていた。私は仕事の切れ目に煙草を喫つたり、お茶を呑んだりしていました。」趣旨の証言等によつても、そのことが窺知される所である。

更に証人横山きよの証言によると、「中休はなかつた。」と証言しているが、しかし又、「中休をしてはいけないとは言わなかつた。」と証言している。中休みをしてはいけないと言わなかつたと言うことは、中休みを適当にしていたことを意味するものである。

労働基準法第三十四条第一項の四十五分又は一時間の休憩は一斉に与えなければならぬが、それ以外の午前、午後の小休憩(本件では午前、午后の各三十分休憩)に付いては、一斉に与えなければならないとするものでないから、各従業員に随時に与えても何等違法とはならない。

前記三名の従業員の証言趣旨を以てすれば、正午の休憩外に定つた休憩がなかつたにせよ、各自が適当な時に適宜に休憩をとつていたことが窺われる限り被告人が正午一時間休憩の外に休憩を与えず、一日九時間、実労に就かしめたことは、断定し得ない筈である。それだのに、原審は、小休憩も一斉にしかも定刻に与えなければならぬとでも誤解したのか、それとも一斉且つ定刻外の休憩は認めなかつたのか、被告人が一日九時間就労せしめたと認定したことは、事実認定を誤つたものであるから、当然破棄されなければならない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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